クラカン日本史 リベラルアーツ授業 発問&解答集 Q1.漢字のの読みと文明伝播

教育実践研究誌「RITA2号」連動企画
クラカン日本史 リベラルアーツ授業 発問集の解説・解答例を紹介していきます。
1問ずつ解説・解答編をアップロードしていきますので、お楽しみに。

●問い
日本語の漢字が、中国から伝わったものであることは周知のことである。その際に、その読みも伝わっており、中国伝来の読みの音は音読みと言われ、今日に残されている。この音読みには、右の表に示されるように、3通りの読みをする漢字がある。それは、中国からの文化の伝来の3つの大きなピークを示している。第1の呉音は中国南部江南地域からの伝播を、漢音は長安など都のあった黄河流域地方の音、唐音は呉と同じ地域の音で宗教関係に関わる音が多い。それぞれの読みの伝播した時期と、その文明伝播の特徴について記せ。

<歴史を再構成していく>
この問いはどちらかといえば、知識を問うものであり、実際に出題した際にも教科書を使わせた。問いの設定に合わせて知識を再構成することが課題となる。考えるうえで、中国からの文化伝来の3つ大きなピーク、その時期を突き止められるかが最も枢要。古代以来中国との交通は不断にあったからである。文字は文化の基礎に関わり、その伝来は日本人の物心両面でのあり方に大きな影響を残した。その外来というインパクトの中で、今日に至るまでの深い影響をもたらしたのはどの時期の伝来で、どのような刻印をその後の日本文化に残したのか、それを考えようという問いである。その意味ではこれは、我々自身の文化へのいわば「腑分け」となる。先ずはどのようなものが何時伝わってきたか、から始めることになるが、ここでは、紙とかモノよりは精神や文化面での影響の大きさが鍵となる。たとえば、仏教・儒教、文学などである。そこで、教科書を読みつつ、中国との交通の記述がある部分を基本として、考えていくことにした。

<どう考えていくか>
5世紀における最初の文字伝来、これはまず問題なく浮かぶであろう。次の二つのピークの時期特定が課題になる。具体的なヒントから考えてみる。宗教に関わる音が多い唐音。「唐」という字からすると奈良時代を想定する。加えて奈良~平安初期には仏教も入ってきている。しかし、もう一つ、仏教が入ってきたピークがある。鎌倉から室町期である。これ以降、宗教上の伝播はキリスト教と江戸時代初期の黄檗以外無い。以降は宗教が民衆を捉えていった時期となる。

唐音伝来はどちらの時期であろうか。入試的というか、他の条件から答えを特定するということからいえば、「黄河流域から」文明が来た時期を考えていく方が早い。この地域からの文明の伝来は奈良時代における遣隋使・遣唐使時期しかない。しかし、ここでは答えそのものより、これを通じて外来文化について考えていくことが目的なので、別の角度から考えてみよう。仏教の伝来と影響は奈良より鎌倉・室町のほうが大きかったといえる根拠は何であろうか。カギは、仏教に関する身近な用語が生まれたこと、言い換えれば宗教が日本人の生活の中に入っていった時期が何時なのかということである。奈良時代の仏教が直輸入でこなされたものではなく、政治の具として国家の独占であったことは言うまでもない。仏教が人々の精神生活のなかに入っていった時期となると、鎌倉新仏教期以後としたほうがよい。念仏・題目の成立、御文や絵巻、説話の形成はそれを物語る。仏教が人々の内に入っていくとともに、造形や文学上で仏教はその影響力を失う。戦国期は文化上一大転換期で、それまで、日本文化の精神的軸にあった仏教に変わって世俗が中心となる。それを象徴するのが安土桃山文化の城郭である。寺院は城郭に、仏像建築は浮世絵に取って代わられる。それは仏教が外面の存在から人々のうちに入ってきたことを物語るので、村の中心に置かれたのは寺院であった。この時期から江戸初期にかけての仏教の歩んだ途は日本的宗教の最大のテーマともいえる。

<参考 歴史観を考える>
この教科書をもとにしつつ、というのはスタディの一方法ではあるが、多様かつ自由な思考を制限しかねない。そこで、以下の問いを投げかけた。

「中国との外交関係について、奈良時代・室町時代には多くの記述がなされているのに比べ、平安・鎌倉時代においての記述は少ない。しかし、参考資料の年表に見るごとく(小島毅『海からみた歴史と伝統』)、平安時代も大陸との交通は奈良時代に比べ遜色はない。博多には10世紀ごろには中国人の街が形成の緒を見るし、竹取物語に登場する「火鼠の皮衣」は大陸からの輸入品。また、紫式部が父の任地敦賀で司馬遷の「史記」に巡り合った例など、大陸との交流は奈良時代にも劣らない。

鎌倉時代について言えば、東大寺大仏が中国から輸入された銅銭を鋳つぶして作られたことの象徴されるように、これまた中国との交通は盛んであった。

にも拘らず、平安時代・鎌倉時代における対外関係の記述が、奈良時代に比べて少ないのは、この教科書を描いた人のどのような考えによると思われるか。教科書を読みながら考えてみよう」

中学生と高校生とでこの問いを投げかけたところ、実に様々の意見が出た。

・政治中心に描かれていて、経済や生活・文化は関心がない
・政府中心に描かれていて、民間の交流は考えていない。
・どんな制度ができたかなどが中心で用語ばかりが多い。
・国と国の交流が主でほかの話がない。
・国家中心の考えではないか。(明治の歴史観だ)

相馬高校で、ボストンカレッジ卒の日本史教員と二人で授業をした際、「武士のイメージ」を絵で描かせたときにもさまざまな絵が登場した。「歴史像」を描かせる、読み取らせる作業から出発することは、それこそ授業の「基礎」と思う。

日本語の漢字が、中国から伝わったものであることは周知のことである。その際に、その読みも伝わっており、中国伝来の読みの音は音読みと言われ、今日に残されている。この音読みには、右の表に示されるように、3通りの読みをする漢字がある。それは、中国からの文化の伝来の3つの大きなピークを示している。第1の呉音は中国南部江南地域からの伝播を、漢音は長安など都のあった黄河流域地方の音、唐音は呉と同じ地域の音で宗教関係に関わる音が多い。それぞれの読みの伝播した時期と、その文明伝播の特徴について記せ。


次回は第2問の解説・解答編をアップします。

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