中国における稲盛和夫哲学の実践

中国における稲盛和夫哲学の実践

北京大学教授楊壮氏による中国の企業家3000人へのアンケート調査及び聞き取り調査から明らかになった、中国における稲盛経営哲学の普及の実態についての記述分析である。

作者:楊壮 北京大学教授
引用元:『中外管理雑誌』百家号(注:ブログ名)
URL:http://www.sohu.com/a/220335996_508417
日時: 2018年2月1日

 

張心怡 翻訳
松村淳 構成

 

稲盛和夫氏は現代の偉人であると言えます。彼はフォーチュン・グローバル500の企業を二社設立し、一年以内に日本航空を黒字に転換しました。稲盛氏の経営哲学は日本だけではなく、中国をも騒がせるのに十分な効果がありましたし、彼のアメーバ経営も中国企業の転換改革に重要な影響をもたらしました。

稲盛和夫経営哲学の中国での実践図表1_RITA LABO_190513

稲盛氏の思想は21世紀初頭に中国に導入されました。2001年に稲盛氏は天津で「第一回中日経営哲学国際シンポジウム」を開催しました。2007 年には「無錫盛和塾」が正式に設立されました。2008年CCTV(中国のNHKは稲盛経営哲学についての対談形式の番組『対談』を放送しました。また、2009 年には、清華大学と北京大学で講演を行い、学生たちの熱烈な歓迎を受けました。その後2010年には盛和塾北京支部が設立され、現在中国の盛和塾は日本に次ぐ規模となっています。

『環球日報(Global Times)』の報道によると 2016年3月現在、日本国内における盛和塾は56支部、海外32支部を擁しています。中国の北京、上海、大連、青島、無錫、広州などにも支部が設立され、3千人を超える起業家と経営者が入塾しています。同時期に、 曹岫云氏が翻訳した稲盛氏の『生き方』、『働き方』など十数冊の著作は中国での売れ行きがよく、わけても『生き方』はこれまでに300万部近く売れており、中国の経営者や起業家に大きな影響を与えているのです。

それでは、どのようにして稲盛氏の哲学は十数年間という短い間に、中国で大きな影響力を持つに至ったのでしょうか。 稲盛氏の経営哲学は中国の企業に対してどのような影響をもたらしたのでしょうか? 稲盛氏の経営哲学は中国の企業家たちにもたらした最も大きな価値は何でしょうか? 稲盛氏の経営哲学が中国に広がっていく過程においてどのような困難に遭遇したのでしょうか?

そこで私は、こうした疑問を明らかにしつつ、稲盛氏の哲学の中国における実践状況をより深く検討するために、2016 年 9 月北京大学の学部学生や大学院生9名と共に、稲盛経営哲学の中国での実践について実地インタビューと文献研究、及びアンケート調査を実施しました。その成果は2016年12月に日本で行われた「第二回稲盛和夫哲学国際シンポジ ウム」において英語で報告しました。

今回の調査は二ヵ月間に及び、切迫したスケジュールでしたが、北京盛和塾と立命館大学稲盛和夫経営哲学研究センターの手厚いサポートのおかげで調査を無事に完遂できました。北京盛和塾は私たちにインタビューとアンケート調査の回答者を提供してくれました。 調査方法は、文献分析や、企業のインタビュー、アンケート調査が含まれています。アンケートの質問項目が完成した後に盛和塾と北京盛和塾の協力を得て、オンライン調査を行 いました。

調査では、中国24の省レベルの行政区を対象としました。25の産業3,000人に調査を実施しました。回答者の 95%以上が企業幹部クラスであり、552通のアンケート回答(502の有効アンケート)を回収しました。

調査結果

調査は、稲盛管理モデルの以下の4つの側面に焦点を当てて実施しました。
1)中国の起業家の目から見た最も重要な稲盛経営哲学
2)中国における稲盛経営哲学
3)中国の現場が中国人経営者に受け入れられる過程で生じた様々な困難や課題への挑戦
4)啓示と見通し

1) 中国企業家がもっとも重要だと思う稲盛経営哲学

稲盛和夫経営哲学の中国での実践図表2_RITA LABO_190513

Ⅰ 中国の企業家が最も重要だと認めた稲盛和夫の経営哲学

回答者が最も重要だと認めた稲盛経営哲学は以下のようになっています。

稲盛和夫経営哲学の中国での実践図表3_RITA LABO_190513

私たちが、中国の企業家や経営者に最も重要だと思う稲盛経営哲学について聞いたとこ ろ、インタビューも、アンケートも驚くほど一致した結果となりました。稲盛氏の最も中心的な四つの哲学理念(例えば「敬天愛人」や「利他の経営」などは「道」カテゴリー) と四つの管理の方法(例えばアメーバ経営は「術」カテゴリー)の中で、もっとも重要だと思う三つの概念を、インフォーマントに選んでもらいました。

その結果は一位が「人間として、何が正しいのか」で266名、二位が、「敬天愛人」で197人、三位が「致良知」で184名というものでした。

「六つの精進」は「術」カテゴリーに属するものですが、その中の「謙虚にして驕らず」、「生きていることに感謝する」、「感性的な悩みに惑わされない」などは「道」カテゴリーに属するとも言えます。全体的に見れば、選ばれた哲学の中において、「道」カテゴリーは80%を占め、「術」のカテゴリー(アメーバ経営等は約 20%を占めるに過ぎなかったのです。つまり、調査結果によると、中国の企業家は「術」より「道」の方を好んでいるといえるのです。稲盛経営哲学が日本に広がったのはアメーバ経営が稲盛哲学を実行する肝心な要素でした。なぜなら、日本の製造業が世界に先駆けることができている理由の一つは 「知行合一」にあると言えるからです。私たちが必ず意識しなければならないのが、アメーバ経営を成功させるためには稲盛哲学の真髄を把握しておく必要があるということです。 日本のアメーバ経営の管理者は心の奥底から稲盛哲学に賛同しているからです。
以下に挙げるのは、一部の中国企業トップの稲盛経営哲学に対する共通認識です。

インタビュー:「敬天愛人」

「敬天愛人」は稲盛哲学における全思想の本質です。理念的には「知行合一」です。 盛和塾ではまず、人間としてどうすべきかを学びます。それを学んだ後に、どのように仕事をするのか、会社をどう経営するのかは自然に分かってくるのです。

インタビュー:「企業問題の中心は企業家の問題」

企業家は企業のリーダーであり、企業の心臓と根基です。ある企業が抱える問題の一切は実は企業家の問題なのです。だからこそ稲盛氏は企業家に純粋な心を保つように問いたのです。企業家は社員に優しく、また社会に対しても優しい眼差しを向ける人になるべきなのです。企業を発展させる最終的な目的は個人の栄光ではなく、社会全体の幸福の向上にあります。企業がそういう価値観を持ちそれを実践する時、社会もまたそうした企業を必要とし、結果的にその企業の力を強めることになるのです。

インタビュー:「稲盛哲学の核心は人間本位」

「人々は一般的に西洋の経営管理の内容を知識と見なしています。しかし、稲盛氏は知識、信念、価値観を融合して自分の見識にする必要性を強調しています。さらに見識を胆力に進化させ、そして胆力を借りて様々に価値判断を下し、正しい方法を徹底する。それによって自分の生活と企業経営を導くのです。

インタビュー:「『人としてどうすべきか』は稲盛和夫の哲学の真髄」

稲盛和夫の核心的な哲学は、「人間としてどうすべきか」ということです。人間の品格と徳を重視するのです。まず、「まともな人間」になってから仕事をするというこ とが大事であり、それが事業を成し遂げる大前提です。西洋の経営理念のような、会社の利益のみを追求するという経営ではなく、稲盛経営哲学は「心学」でもあるので す。経営12箇条の第1項目は、仕事は家族を養う手段であるだけではなく修業であると説いています。魂と心、各方面から自分を高めるのです。お金を持っているから、 仕事をしないというのではだめです。仕事は心を磨き、困難を克服し、人格を成長させることです。

* *

現在、稲盛氏の哲学は中国の起業家に歓迎されていますが、それはタイミング、場所、 そして中国の経済発展と深い関係があります。2001年から2011年の10年間で、中国の国民所得は上がりました。彼らは株を買い、家を買い、車を買いました。その段階では、 稲盛氏の中国への影響はまだまだ小さく「果たしてこれは正しいことか?」とは、誰も尋ねなかったでしょう。誰も経営理念を企業の発展戦略に入れることはありませんでした。 お金を稼ぐこと、そして金持ちになることがこの時代における追求すべきテーマとなっていたからです。

しかし、2008 年の世界金融危機における株式市場の暴落は、中国人に大きな警戒心を喚起しました。ところが、中国政府は 4 兆元に及ぶ経済支援を行い、それが企業の隠れた危機を隠し、企業が直面する困難の発見を遅らせる結果となりましたが、辛くも経営危機から多くの企業が抜け出すことができたのです。 しかし2012年以降、経済的な危機の影響はじわじわと多くの中国企業に広がっていきました。政府や企業の腐敗を撲滅する運動に参画する人々は、多くの人民が激怒するほどの規模の腐敗を明らかにしましたが、そうした中、多くの企業家は企業発展の本当の目的について顧みるようになりました。経済的豊かさと個人的な幸福は等しいのか、といった問いかけを繰り返す中、既存の価値観を揺るがせました。こうしたベースとなる価値観の欠如は、新しい時代のモラルや信念への追求につながっています。このような状況が稲盛氏 の理念が中国に浸透するひとつのバックグラウンドであったのです。2001年から2011年の十年間、多くの中国人は経済成長の恩恵を受け、株の取引きや住宅、車の購入など盛んに経済活動を行いました。しかしその段階では、稲盛氏の中国での影響力はごく小さいも のでした。経済が順調な発展途上にあるとき、誰も「人間として何が正しいのか」などと聞くことはないし、経営者は誰も道徳的な経営哲学を企業発展のための中心的な位置づけたりはしませんし、経済成長という目的のためにはどんな方法も厭わないのです。したがって金を儲けること、金持ちになることがこの時代の中国の共通意識となったのです。ところが、2008年に勃発した金融危機は株価の大幅な下落を招き、経済一辺倒の中国人 に警鐘を鳴らしました。しかし政府の巨額の財政出動は危機の本質を覆い隠し、それによって、多くの中国企業がクライシスに陥ることなく生き延びることができたのです。

2)稲盛和夫経営哲学の中国における浸透状況調査の結果

中国盛和塾のスタッフの大きな協力を得ることができたおかげで、私たちは3000人の盛和塾のメンバーにネットを介したアンケートと、対面式のインタビューをすることができました。心より感謝します。経営者や労働者が稲盛哲学を勉強するのは基本的に以下の図に示した方法に限られています。

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中国で稲盛哲学が広がった後、企業文化に価値観、組織内部の雰囲気、社員の精神状態の改善について、インフォーマントの方々は比較的肯定的な回答をしてくれました。稲盛氏の理念の精神的、文化的価値に対するインフォーマントの注目度は、実際のビジネスにおける業績の改善といった実利的な面よりも高いのです。しかし、文化の認識と価値観の再形成は、企業業績の持続可能な発展を確実にするための原動力なのです。

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以下は企業家を対象にして、稲盛和夫の哲学を勉強した後の感想についてインタビューしたものです。

インタビュー:「物質と精神面両方の幸せを追求する」

企業の願望は社員全員の物質と精神両面の幸福を追求することです。同時に人間社会の発展と進歩に貢献することでもあります。それを実現するために、会社に入った社員たち全員は、個人的な角度から心身両面の健康管理、才能と知力の面を絶えず向上させていきます。物質的な幸せを実現するために、毎年の収益は税後の純利益を10%以上に保つことが必要です。全員が勉強することによって、変化が起こりました。 例えば、健康の観点からみれば、会社の何人かの同僚は最近喫煙習慣をやめました。 健康管理は彼ら自身のためだけではなく、家族や会社の同僚のためという側面もある のです。

インタビュー:「利他経営」

もっとも中心的な理念を二文字で表せば、それは「利他」です。四文字で表現すれば 「敬天愛人」です。しかし、誰にも負けない努力をするのがとても難しいのです。稲盛哲学に接する前、私は自分が成功するために費やした努力は十分であったと思っていました。しかし稲盛先生の本を読み、盛和塾に入り、自分の努力はまだまだ足りないと反省しています。私が最も好きなのは「利他」と「恩に感謝する」です。盛和塾に入ってからの一年間で、私は自分の会社の社員の福祉を大幅に改善するために、給料を上げ、衛生面を重視した新しい食堂を建てました。また、社員の寮に給湯設備を提供するなどしました。

インタビュー:「人が自分で働こうと思えるように」

稲盛哲学はみんなが心から働こうと思うことを促します。心から働きたいと思うなら、 他の規範や制度は副次的なものなのです。稲盛哲学を実施した後、私の会社は2014 年に歩合制を完全に廃止しました。廃止した後、社員への評価はさらに公正になりました。歩合制は一見公正そうに見えますが、実際は不公正だといえます。業界の景気が良い時には、誰でも歩合を得られます。しかし景気が悪いときには、どんなに努力をしても会社の中にどうしても達成できない人が出てきます。それは不公平です。ですから歩合に代わって「年末ボーナス」を新たに設けました。「仕事に対する努力」、「仕 事への取り組み」「能力」といった三つの要素から社員を評価しました。

インタビュー:「管理は人の心の面に戻るのだ」

西洋式の経営は株主の利益を重視していますが、稲盛氏は社員の利益を重視しているのです。中国は目下、社会的な矛盾が際立っており、人々の精神的なフラストレーシ ョンが爆発する段階に入っています。こうした背景の下で、心をベースにした哲学はもっと人が安らぎ、落ち着かせ、人を内省的にさせるのです。『生き方』を学ぶことで、 仕事において有用なアドバイスを受け取れるだけではなく、個人の生活にも大きな気付きがもたらされるのです。私を含めて、現代社会に生きる人々は、幸福感や安心感が足りていないと感じています。しかし、『生き方』を勉強したら、私の心は以前より穏やかになったと感じています。私は仕事人間でしたが、仕事の本質とは何かを分かっていたとはいえませんでした。とにかく利益を第一に置いていました。しかし、今は精神的に得たものが多いと感じます。

* *

稲盛氏の経営哲学は、明の時代の思想家王陽明の“知行合一”、“致良知”、“格物致知”、 “利他”などの思想をルーツに持っています。調査によると、96.2%の回答者は王陽明と稲盛和夫の哲学には関連性があると思っていると答えています。王陽明は中国の歴史の中に、 皆に認められた「立徳(道徳の模範を立てる)、立功(功績を立てる)、立言(論説を立てる)」という三つの不朽の名声を有する聖人です。彼は曾国藩、梁启超、毛沢東、蒋介石、 伊藤博文などに重要な影響を与えました。しかし、陽明学は今日の経営管理の理論と実践に大きな影響を与えることはなかったのです。インタビューを受けた中国企業家たちは稲盛氏の理念の真髄は実は王陽明の哲学の現代版である、と考えています。72.7%の中国企業家や上級管理職が稲盛経営哲学とピーター・ドラッカー(Peter F. Drucker)等、西洋経営学の思想との重要性を比較したとき、稲盛哲学の方が中国の企業に大きな影響力を有していると考えているのです。その理由として、稲盛氏の哲学は中国の伝統文化に根差している(66.5%)、人文的な思いやりを兼ねている(59.8%)、企業文化の向上に役立つ(43.8%) 等が挙げられています。インタビューに応じてくれた人のうちの65%は、ドラッカーの理念は管理制度と業績評価を重視していて、稲盛和夫の理念と哲学は人の心とリーダーシッ プを重視していると考えているようです。ドラッカー等の西洋経営哲学は、1980年代以降、 中国の企業家たち、例えば張瑞敏、柳伝志の経営理念に重要な影響をもたらしました。開学したばかりの中国商学院も西洋の経営理念に決定的な影響を受けています。当時の中国の企業は計画経済(社会主義)から市場経済(資本主義)に入ったばかりで、国際標準の企業管理に対する認識はまだ浅く、経営管理に関する知識はほとんどゼロでした。

しかし、当時まだ無名であった稲盛経営哲学は21世紀のインターネット時代の中国においても巨大な影響力を発揮しはじめたのです。それは稲盛哲学そのものの魅力が反映されたという事実だけではなく、少なからず時代的背景も影響しています。中国の民営企業家は30数年の「野蛮な成長」を経験した後、複雑で多元的で、そして何よりも不確実なイン ターネット時代において、心の奥底から「心を基本にする」「人を基本にする」経営哲学を 熱望しているのです。

今回の調査では興味深い結果が見つかりました。男性の企業家と女性の企業家とを比較 したとき、男性企業家の方がより稲盛和夫の経営哲学を好んでいるのです。女性企業家はドラッカーに代表される西洋の経営理念を好んでいます。文化的な観点からそれを説明すると、稲盛氏は中国の男性リーダーの目には、真の英雄として映り、生き方のモデルとな っているのです。一方、中国の女性リーダーは公平性や正義、そして男女平等を重視することから西側の管理モデルとリーダーシップのスタイルを好むのです。

3)中国の現場が中国人経営者に受け入れられる過程で生じた様々な困難や課題

調査によると、中国での稲盛の理念の普及は中国企業の中核的価値観を育て、人道主義的企業文化の育成や中国の優れた伝統文化への回帰、あるいはリーダーの品格と資質の涵養、および従業員のプロ意識の育成に際してポジティブな役割を果たしました。しかし一 方で、稲盛経営哲学とアメーバ経営モデルは中国に浸透するのがそれほど容易ではなく、 環境上および組織上の課題に直面していることが明らかになりました。

稲盛氏の経営哲学理念とアメーバ経営モデルは、京セラという会社を発展させていく中で生み出されたもので、経営危機にあった日本航空を一年も経たない内に黒字に転換させました。稲盛氏の哲学理念はシンプルで分かりやすく、社員に受け入れられやすいのです。

しかし一方でアメーバ経営モデルは、管理職と社員に「数字」に基づいた厳しい要求があります。502通の有効アンケートの中の20%の回答者(109人)は、自らの企業でアメ ーバ経営モデルが採用されていると答えました。アメーバが企業に与える具体的な影響について尋ねられると、ほとんどの企業はアメーバモデルが企業に与える影響はプラスだと考えています。ところが、7人(4%)の回答者はアメーバ管理が従業員の精神面に悪影響を及ぼすと考えていますし、5人(4.6%)の回答者はそれが業績に悪影響を及ぼすと考え ています。アンケートの回答を比較し、第一段階の分析を通して、IT 業界のアメーバ採用率(37.1%)は明らかに製造業(17.5%)より高いということがわかりました。しかし、統計や詳細なインタビューにより、アメーバ経営の導入に当たって IT 企業は製造業よりも大 きな困難に直面していることがわかりました。

稲盛和夫哲学理念の中国企業への浸透:外部環境からみた困難

今回の調査によると稲盛経営哲学が中国において受け入れられる過程における「外部環 境的な課題」として「中国の市場経済が核心的な価値観を欠いていること」、「業界の普遍 的なしきたりと良知の間に存在する矛盾」、「熾烈な市場競争と利他経営の間に存在する矛 盾」といった要因があることが明らかになりました。 2012〜2015 年にかけて日中関係は急激に悪化しましたが、私たちの予想に反して、「現 在の日中関係」はほとんど重要ではない理由と見なされています。中国市場の熾烈な競争 環境の中で、中小企業家は企業の生存と発展を企業の第一の要と見なします。それゆえに 稲盛氏の「人間として、何が正しいのか」という理念は、熾烈を極める企業の生き残りを かけた競争という現実の前にしては、座右の銘とはなりにくいのです。アメーバ経営モデ ルでは、企業は公正で公平、かつ透明性のある透明性のあるアカウントを作成する必要が ありますが、市場での激しい競争と業界の暗黙のルールを考慮すると、一定の規模まで発 展していないと、アメーバビジネスモデルを援用することは困難です。

稲盛和夫経営哲学の中国での実践図表6_RITA LABO_190513

以下のインタビューデータは企業のトップや上層管理職に対するデプスインタビューに基づいたものです。

インタビュー:「マクロ経済の態勢」

北京の不動産価格は高騰を続けており大勢の社員にとって、それは心の修養という側面からすれば、大いに気になってしまう事柄でしょう。人はこうした外的な要因に簡単に心を乱されるのです。しかし、心の修養を行う場合、周囲の雑音から遮断された人里離れた場所にある寺院で心の修養を行うことはそれほど困難なことではありません。

インタビュー:「人脈とお金」

私は、利害関係のある取引先に対して、接待の宴席を用意するように会社の上司に指示されました。さらに年末には贈り物も要請されました。私にはそれを断ることはできません。私にできることは、言われたことをすることです。私の会社は莫大な資金を投じ、北京に広い土地を買ったので、余計に利益を上げていかなければならない 状況にあるのです。それは容易ではないのです。ある一年間を費やしたプロジェクトがあります。様々な案を盛り込んだ計画をつくり、政府の多くの部門と交渉しました。 交渉事の様々な局面においてもお金が必要です。例えば、食事代やミーティング代などの経費や、プロジェクトの審査、環境アセスメントなど、すべては人脈を介さなければ解決できないのです。結局最後にこのプロジェクトは取りやめになりました。

インタビュー:「リベートの誘惑への挑戦」

深圳に大口の顧客がいて、一ヶ月100万元超えの売り上げがあります。ある時そ 顧客からリベートを要求されました。社内では激しい議論が起こりましたが、最終的にリベートは渡さないことになりました。会社は質の良いサービスを提供し、良い商品を作ることこそが大事だと結論づけたのです。リベートを渡さないと決めた当初、 注文数に多少の影響がありました。しかし、その後は改善していきました。これ以来、 会社はずっとリベートを渡さないことを守り抜いたのです。良い商品が作れない会社にとってリベートは魅力的です。つまり、リベートを渡さないためには、会社も良い商品を作らないといけないし、他社に対する絶対的な優位性がなければならないのです。

稲盛和夫哲学理念の中国企業への浸透:内部環境からみた困難

今回の調査研究によれば、会社内部の抵抗こそが稲盛経営哲学理念の中国企業への浸透に際してボトルネックとなっていることが明らかになりました。企業の内部にある「高学歴人材の抵抗」、「透明化への高い要請」、「企業上層部管理者が抱く(稲盛経営哲学の)実現性に対する疑問」、「労働の成果に応じて分配を受ける奨励制度の仕組みを好む」といった要素は最も大きな抵抗力です。こうした事柄は中国企業家の核心的な価値観、目標に達するために社員を激勝する要素に関わってくるのです。また中国市場の現実と伝統文化の影響も受けます。インタビューの中で、中国の企業家たちは稲盛氏の考え方(努力×能力×価値観)という論点には賛同しつつも、それを実際に応用することはまだ少ないのです。

稲盛経営哲学の課す高いレベルの目標を厳しく実行していくことは、成長中の中国企業にとっては想像以上に難しいことです。さらに、2000年から2015年の間に、中国社会は極めて激しい市場競争を経験しました。そうした中、企業家は目標とすべき 方向性に問題が生じて、信念を喪失していったのです。お金を稼ぐこと、利益を上げることが企業、商人、さらに政治家の唯一の目標となりました。稲盛氏のアメーバ経営モデルは原則的にリベートを渡さない、個人業績を奨励しない、というものです。 その最終的な目的は短期的な利益共同体をつくることではなくて、命の共同体を作ることです。しかし、このモデルは急いで金を稼ぎたい中国企業社員にとって、簡単に受け入れられることではないのです。社員たちはむしろ中国式の評価方法を望んでいるのです。

稲盛和夫経営哲学の中国での実践図表7_RITA LABO_190513

インタビューの中で、多くの企業家は異なる視点から稲盛和夫理念の中国企業への浸透の際に組織が直面する困難について述べました。

インタビュー:「管理層の年齢や学歴が高ければ高いほど受容しにくい」

稲盛氏の経営理念に抵抗する人は主に「三高」の人たちです。「三高」とは、学歴が高い人、年齢が高い人、職位が高い人です。これらの人たちは自分なりの考え方があり、 そんなに簡単に他人の見識を受け入れません。ただ、彼らは一旦受け入れると、その哲学が不動のものとなることも多いのです。

インタビュー:「幹部クラスへの浸透こそ稲盛氏の理念を広げる肝心なところ」

稲盛理念を広げる需要な役割を果たす人々は幹部クラスにいます。本気で、ある特定の企業文化を浸透させ広げていくには、やはり上意下達が必要になります。まずはこの当該会社の運営管理を担う幹部クラスに理解をさせる必要があります。彼らが理解してこそ、その下の彼の部下にも影響を与えることができるのです。

インタビュー:「まずは自分を変えることから」

稲盛氏の理念を着実に実行するには、会社の使命、願望、価値観を必ず社員にはっき と言わせなければならないのです。まずは管理職が自らの行動で模範を示して、社員に自分の変化を見せることが大切です。掃除を例に挙げれば、マネージャーの伍さんは、清掃員のおばさんに依頼せずに、自分で個人のスペースをきれいに掃除しまし た。他の社員たちは彼がそうしたことを見て、後に続きました。そうした連鎖が工場内部の素晴らしい環境衛生に寄与したのです。スローガンを叫ぶだけではいけないのです。管理層は必ず自ら改善することが大事なのです。

インタビュー:「説教で教え込むのではなく、「物語」として浸透させる」

我が社では当初、部下に稲盛哲学を広める方法は単純で乱暴でした。一言で言えば、 説教です。企業の上層部の管理者と社員にその理念を無理やりに受け入れさせて、「必ずそうしなければならない」という有無を言わさない言葉で社員を半ば「脅迫」するのです。ところがそうしたやり方では、西洋の経営理念を勉強した社員は稲盛哲学には賛同することができませんでした。その結果、彼らは会社を辞めていきました。そ の後、私は考え方を変えて物語の方法で感動させることにしました。知らず知らずの内に稲盛氏の哲学が浸透するようにしたのです。

インタビュー:「各アメーバの経営者一人一人は、小さな稲盛和夫にならなければならない

まず社員全体に稲盛哲学における共通意識を作らないと行けません。その次はアメー バ経営の「術」を導入することです。社員全体の理解をベースに建てられた共通意識は、強い団結の力になります。この哲学をベースにして、アメーバ経営を導入することで高収益の企業にしていくのです。そうすれば自然と、社会の平均的なレベルより 高い個人の利益を実現できるはずなのです。この時、皆の心は高められ、利他は利己より大事だという共通意識が醸成され、チームとしての力が高まってくる。その結果会社も必ず高い利益を得るものです。そして、それは私がずっと固く信じていたことなのです。

4) 啓示と見通し

今回、中国における稲盛経営哲学研究は非常に実り多いものとなり、私たちは中国の企業による稲盛和夫の理念の「学習」をめぐる状況把握についての一次資料を手に入れただけではなく、中国企業がどうすればよりよく伝統文化と稲盛哲学理念の普及促進が可能になるのか、という命題について一定の方向性を示すことができました。

  • 今回の調査が私たちに与えた重要な示唆は以下のように、いくつかの点が存在しています。
  • 中国の企業家は敬天愛人、利他経営、人生の成功モデル(能力×努力×価値観)、人間と して何が正しいのか、といった稲盛和夫先生の哲学が好きです。実はこれらの理念は中国の「儒釈道」(儒教、仏教、道教)文化に由来しており、中国人に馴染んでいるのです。中国の経済が急速に発展する今日、稲盛和夫の哲学は、中国企業家にとっては差し伸べられ た救いの手であったのです。重要な問題は、今日の中国の社会環境の中でどうやって本当に稲盛経営理念を実践するのか、ということなのです。
  • ドラッカーの経営哲学は内容は深いですが、表現はシンプルで理解しやすいものです。 稲盛和夫の経営理念と比べれば管理の規則や仕組みをより重視しています。ドラッカーの 管理哲学は厳しい規律制度の規則と、明快な道徳的価値観を有する社会環境を基盤に打ち 立てられています。しかし今日の中国社会は、法制度の整備は不徹底で、道徳的・社会 的規範ははっきりとしていません。人々が暮らす生態的環境は理想的とはいえず、競争は熾烈を極めています。だからこそ今日、企業家はドラッカーよりも稲盛経営哲学の受け入れの度合いがより高いのです。
  • 調査によると多数の企業家は、アメーバ経営は企業の業績を高めることには積極的な役割を果たすと思っていますが、アメーバ経営モデルを採用した中国企業は数えるほどしか存在しません。特にネット系の企業にとっては、抵抗力は大きいのです。筆者の見解によれば、主な原因は以下のようなものであると考えます。

1)中国市場の競争が激しいので、始めて起業する企業にとっては生存が難しい
2)中国の法律制度と市場規則の不健全さ
3)アメーバモデルが要請する企業の高い透明性
4)企業家は稲盛和夫の哲学を真剣に勉強しなければ、アメーバの経営モデルを着実に実行するのが難しいこと
5)アメーバモデルを理解し、受け入れるために系統的な研修が必要であること

  • インタビューとアンケートで最も予想外の結果は、「中国で稲盛経営哲学が浸透し広がっていく最も重要な理由」を尋ねたところ、415人の回答者が、「伝統的な中国文化の回帰的促進」(82.7%)を選んだことです。その理由は今日のインターネット時代、中国企業は伝統文化への回帰に強い関心を示し価値観の再構築にも大きな熱意を示しているからです。

調査結果は、中国の起業家が陽明学と稲盛経営哲学との間の同源性を認識していることを示しているだけでなく、中国が世界第 2 位の経済規模になり、115の中国企業がフォーチ ュン500に入ったという背景の中で、中国企業はこれからどうやって独自の文化理念や価値観を築き上げ、世界が中国企業の規模に驚嘆するだけではなく、製品やサービスの品質についても尊重しもらうのか、といった企業家が考えなければならない核心的な問題も含 んでいます。

  • 2016 年 12 月、大阪府茨木市にある立命館大学で開かれた稲盛和夫経営哲学シンポジウムに、世界各地から来た学者たちは、稲盛和夫の理念が各国で現地化された成果について活発な意見交換を行いました。

私たちも英語で調査結果について発表を行いました。今回の調査研究は、スケジュール的に切迫したものであったため、不足する部分があることは否めませんが、調査研究の過程と結果は私たちを刮目させるに十分でした。私たちはこの度の調査研究を通して、稲盛和夫の経営哲学について理解し、そして目下の中国企業が持続可能な発展を続け、国境を飛び出し、世界に出ることに際して、伝統的な中国文化・思想と西洋経営哲学の融合の重要性について明らかになりました。さらに、中国企業の復興には、資金と規模の裏付けが必要だけではなくて、戦略的な位置付け、価値観の方向性、哲学文化、会社の中身の特質 およびソフト・パワー、国際的なリーダーシップの引き上げももっと必要だということを意識しました。そうしないと、企業は持続不可能であり、世界から尊敬の念を獲得することはできないのです。

今年、北京大学は設立 120 年目を迎えます。世界各地から来る 1000人の学者が北京に集結し、国家の発展や企業の創新、世界平和などの諸方面に、哲学が果たすべき役割について議論する予定です。経済制度等のハード・パワーの発展と、文化・哲学等のソフト・パ ワーの双方が重要になる時代が来ます。稲盛和夫の経営哲学は、「道」(敬天愛人、利他経 営、人間としては何が正しいのか)と、「術」(アメーバ経営モデル)とが、完璧に結び付いた管理哲学を中国企業の中に広め、それが定着することによる効果は計り知れないもの があると考えます。21 世紀の中国企業は、その規模や時価総額でフォーチュン・グローバ ル・500 に入るだけではなくて、独特な文化の内包意味と東洋と西洋とが融合する経営哲学の実践によって世界の人々に尊敬される先駆者になるべきなのです。

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